上野誠は、昭和十年代初頭に東京下町の小学校で代用の図画教師として勤める中で、子どもの生活や感情の表現を重視する「想画」に関心を深めました。想画とは、見たものの模写ではなく、子どもが自らの経験や記憶、思いをもとに描く表現です。これは、子どもが自らの生活体験を文章で表現する生活綴方と通じるものであり、いわば絵画における生活綴方ともいえます。上野は、前任教師のもとで育まれた子どもたちの自由で生き生きとした表現に触れ、国家主義的で画一的な図画教育とは異なる、人間らしさや生活に根ざした表現の重要性を実感し、そうした教育を志向するようになりました。
生活綴方と想画は、いずれも子どもの生活に根ざした表現を重視する教育運動であり、その実践は各地に広がりました。山形県東根市立長瀞小学校は、その代表的な事例の一つです。東北の教師たちは、自然観察にとどまらず、日々の暮らしの中から生活や社会を見る目を育てる必要があると考え、生活綴方(作文)の国分一太郎と、想画(図画)の佐藤文利を中心に実践を展開しました。図画と作文を一体化した想画教育は同校において結実し、現在では約900点の作品が保存され、山形県東根市の有形文化財にも指定されています。
当時の長瀞小学校では、不況や冷害による凶作の中で、子どもたちが自分を見失いがちな状況にありました。教師たちは、綴方を書く喜びや想画を描く楽しさを通して、子どもたちに生活を見つめ直す力と自立への道を示そうとしました。この実践は、今日の言葉でいえばレジリエンスを育む教育ともいえ、当時の作品からは、厳しい生活の中でも生き生きと暮らしていた子どもたちの姿が伝わってきます。
さらに、こうした教育実践は現代にも継承されています。長瀞小学校では、「想画を語る会」との連携のもとで想画の授業が再開され、地域の俳句会なども関わりながら、学校と地域が協働する形で展開されています。授業参観日には、児童が制作した想画や俳句を書写した作品を灯篭に貼り付け、長瀞灯篭まつりで点灯します。この行事は、児童・保護者・地域の人々がともに表現の価値を分かち合う機会となっています。
このような取り組みは、心理学において成人期から高齢期にかけての重要な課題とされる「世代継承性」の具体例としてとらえることができます。すなわち、過去の教育実践を単に保存するのではなく、時代の変化に応じて課題を修正しながら次世代へと継承していく営みです。そこには、教育の価値と文化を世代を超えて共有していく過程そのものが、人々の幸福感を支えるという意味が見いだせるでしょう。